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2020年11月 3日 (火)

秋山二十六夜山~下尾崎~寺下峠~梁川

  今日は祝日。
混んだお山が好きじゃないので、さて、どこへ行きましょうか~。
そうだ! 
逆に、平日に行きにくいお山にしよう。

 秋山二十六夜山は、もう10年近く行ってない。
バスは朝8時35分の1本しかない。
そして、復路便はない【><。】

 この時間は、平日は、通学ラッシュで激混みなの。
でも、祝日ならいいんじゃない?

 上野原駅の富士急バスの名物おじさんは、先月75才で定年ですって~。
バス乗り場が淋しいな。
無生野行きのバスは、祝日でもガラガラで、私たち6人の他は男性一人のみ。
桂川からの鶴島御前と栃穴御前が深山幽谷の風情

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 この、無生野ってお名前の由来はね。

 後醍醐天皇の皇子、護良親王って知ってる?
鎌倉にはたくさんのお寺があるけど、神社は少ない。
鎌倉宮は、この護良親王にたたられるのを恐れて建てた、魂鎮めの神社なんだよ。
勢力争いで、土牢に幽閉されていたまだ若い護良親王は、足利直義の命で殺害されたの。
享年23才だったかな。
 切った首は、無念の思いで、切った刺客をにらみつけたんだって。
刺客は怖くなって、竹藪に首を討ち捨てて逃げたって言われている。

 護良親王の寵愛を受けていた雛鶴姫とお供の者が、その首級を竹薮から探し出した。
お姫様は首級を携えて、数人の従者と一緒に、ひそかに鎌倉から逃げたんだって。
その時お姫様は、護良親王の子をお腹に宿していたの。

 寒い冬になって、具合が悪くなって、しばらく北丹沢のお寺(宮ケ瀬ダムの近く)でかくまわれた。
年の瀬に、ようやくこの上野原の南の秋山郷へ入った。

 そのころ、無生野辺りは秋山郷でも人家も少なくて、宿を乞うお家も見当たらない。
とうとう雛鶴姫は、産気づいてしまったの。
従者は、枯葉や藁で何とか寝床を作って、お姫様は出産。
でも、栄養不足と疲れで、お姫様も皇子様も、亡くなってしまった。

 都から逃げて来たお姫様が、なんとむごいことに・・・
集落の人たちは、松飾りをしまってお姫様を弔ったんだって。

 つい最近までこの辺りでは、お正月を祝わずに、おシキミを飾って、念仏を唱えていたんだよ。
これ、無生野のおばあちゃんに直接聞いた話です。

 そのばあちゃんは娘の頃、炭焼きのお父さんが焼いた炭を、中央線の駅に背負って売りに行ったそうです。
帰りに、お米やみそを買って帰るのが自分の役目だったって。
「この辺の峠はみんな歩いたぞ。そっちが穴路峠だろ、次が立野峠で、向こうが寺下峠だろ、あんたらも歩くか?」
って、自慢してましたっけ。

 雛鶴峠の近くに雛鶴姫のお墓があったんだけど、今は、リニアの工事で移転されてしまったんだよ【><。】
数年前、そこへマイフレさんとお参りに行きました。


 (・_・;) あら大変!
大脱線しちゃった。


 バスで浜沢へ。
アオゲラの森 って言うキャンプ場から登り始めます。
休日だから、キャンプのご家族がいて、子供が手を振ってくれた("⌒∇⌒")

 ここからのルートは、なかなか容赦ない急登で、こちらから下ると滑るから、割に登りに使う。

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映画の話やら、おしゃべりしながらゆっくり登ると、途中、ちょっといやらしい岩場もあるんだ。
侮れない急登1時間で、道志の朝日山へ行く道を右に分ける。
東へ進むとすぐに分岐で、ちょっと登ると秋山二十六夜山(971,6m) 二十六夜って、十五夜や十三夜と並ぶお月見の一つなの。
旧暦7月23日のお月見のことで、この時期は月の出が遅い時間だから『二十六夜待ち』て呼ばれたんだよ。
真夜中に月が出るのを待ちながら、飲んだり食べたりして楽しむ納涼イベントだったらしい。

 でもね、もう一つのお話があるの。
お月見の納涼に、なんでこんな高い山の上まで登る必要があるの?
夜遅い時間に月が出るから、おかみにとがめられずに山でオラショ(讃美歌)を歌えられるんだよ。
で、隠れキリシタンの祈りの場所だったんじゃないか 
って言う説もあるんだよ。

 すぐ近くの都留市の方にも二十六夜山があるけど、伊豆の南の方にもある。
そこの山頂は、立派な石の祭壇に、木が生えて蔦が絡まって、忘れられた遺跡みたいよ。
でも、山頂へたどり着くまでの密藪はすごかったけど。


 ( °o°;)あら、やだ!
今日は脱線しっぱなしだわ。

 木が伸びて、眺望がない、奥座敷みたいな山頂。

 ここで本日のランチです。

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先週は寒かったけど、今日は風が抜けないので、手がかじかまないで食べられます。
今日は6人だから、ちょっと淋しい。

 分岐のすぐ先に二十六夜塔があって、3.11で崩れてたんだけど、きれいに治っていました。
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 そのまま尾根を北東へ、秋山郷の上尾崎へ下山。

紅葉は事例だけど、青空じゃないから映えないねぇ。

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この途中が、一昨年の台風で道がえぐれて、なかなかデンジャラス。
道、ないよ~。ってとこが何ヶ所かありました。
大きな岩がゴロンゴロン流れて、道なんてズタズタにされちゃうんだね。
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 鹿柵を開けて、下尾崎の集落へ下山。


6年ほど前には、ここから14時台のバスがあったのよ。
でも、今は戻りのバスはない(;>_<;)  
炭焼きの娘だったおばあちゃんと同じように、峠越を致しましょ。

 実は、峠を越えて中央線の駅へ出る方が、二十六夜山へ登るよりずっと距離が長い。

 車道から・・・
(・_・;)え? ここを入るの?
って言うくらい、登山口は廃道な気配。
こちらも沢がえぐられて、石ゴロゴロで、道が見えないところが~(;>_<;)

 少し登って樹林に入ると、歩きにくさは少なくなくなる。
でも、倒木多数で、跨いでまたいで潜って、抱き着いて越えて~
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 今から4~50年くらい前までは、たくさんの人が、炭やお米を背負って往復していたんだろうな。
その頃は、もうちょっと手が入っていたんだろうな。

 寺下峠は、倉岳と高柄山の間の峠で、この先の大地峠から高柄側は、一昨年の台風で、大崩落しています。
今日はそのまま北へ、梁川駅に向かいます。
この辺りの大きな尾根はほとんど、バリエーションルートが付いていて、火曜会ではいろいろ歩きましたね。
でも、ルートファインディングは難しくないけど、実は寺下峠からの下りは、なかなかデンジャラス。
滑る急斜度のトラバースが続くの。
エアリアマップにも、『ロープあり、滑りやすい』って書かれてる。
そこが台風で崩れて、ますます危うくなってるの。
ゆるくて振られるトラロープにつかまって、慎重に。

 甲州街道へ出るとトラックが多くて怖いから、裏道裏道を歩いて駅へ出ようとしたら・・・
あれれ、途中からこの道・・・人んちに入っちゃう?
草ぼうぼうの道とも言えないところを通過して、行くなのガードをまたいで甲州街道へ。
あ~あ(;-・。・-;)
みんなのおズボンや手袋に、ヒナタイノコズチとコセンダングサの引っ付き虫だらけ!
変な道を選んでごめんなさい~(。_。;)

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 中央線の梁川駅へ予定より早く到着。

 午後だと通学ラッシュが怖いけど、今日は大丈夫。
こういうルートは祝日がいいんだね。

 いつまで・・・
混んだ電車を避けて、アルコールスプレー持ってお出かけするんだろうなぁ。
・・・(;´o`)


 誰一人会わない、木漏れ日の晩秋のお山を楽しめました(^v^)

 累積標高差は登り800m 下り1000m 
26000歩 先週に引き続き、お姉さま方には、歩きでがありましたね~。

 電車待ちに、しっかりストレッチできました(*^_^*)v

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